下川裕治さんの新刊『週末シンガポール・マレーシアでちょっと南国気分』を読んでみました!
旅行作家が書いた本を読むとき、その土地を訪れたことがあるかないかを意識して読むことが多々ある。実際に訪れたことがあれば、「あぁここ行ったよな」と、思い返したり、行ったことはあるがそれは知らなかったよと、知識の浅さを痛感したりすることがある。また、行ったことがなければその土地に興味が湧いて、近いうちに行ってみようと思う反面、「それなら辞めておこうかな」と、行くのを踏みとどまったりすることもある。
今回読んだ旅行作家の下川裕治さんの新刊『週末シンガポール・マレーシアでちょっと南国気分』は、僕にとって上記で挙げたすべての思いが詰まった作品だった。それは作中でどの場面なのか。今回はそんなレビュー記事を紹介したいと思う。
チャンギ空港のじゅうたんで快眠?
それでもシンガポールでバックパッカースタイルの旅をするならどうすればいいのか。浅はかな知識はあった。チャンギ空港を降り立つとMRTと呼ばれる地下鉄に乗る。すると30分ほどで市内に着いてしまうそうだ。この辺りは下川さんの作中にも書かれている。
アジアの大都市の空港で地下鉄が乗り入れているところは少ない。専用の特急電車が走っている都市はいくつかあるが、地下鉄となると……シンガポールと上海ぐらいだろうか。
下川裕治著 『週末シンガポール・マレーシアでちょっと南国気分』P19
シンガポールのチャンギ空港は、アジアの大都市のなかでは、最も市街地に近い空港ということは知っている。これがバンコクのスワンナプーム空港やクアラルンプールのKLIAなどではこうはいかない。さらに、チャンギ空港の良いところは全面にじゅうたんが敷かれているところだと言う。深夜の到着、または早朝の出発時にはじゅうたんの上で横になれると61歳の下川さんは言う。これを読んでは、ぜひチャンギ空港のじゅうたんの上で寝てみたいとは思わないが、安いLCCで移動をする身にとっては、深夜早朝の離発着は十分に想像ができる。参考になるところだ。
安宿と安飯はあるの?
しかし、安い順に並べ替えてみると、HOTEL81は消えて無くなり、代わりに千円代のホステルがゴロゴロと出てくるではないか。部屋の種類は相部屋のドミトリータイプだが、これにはほっと胸を撫で下ろした。そうだよな、いくら下川さんでもドミトリーには泊まらないよな。しかも取材に同行しているカメラマンも一緒だし、読者層はきっと年配の人が多いだろうと感じた。
食事はどうするか。これもホーカーズに行けばいいことは知っていた。しかしホーカーズならどこでも安いわけではないことが作中に書かれている。繁華街や大通りにあるのが、働く人の昼食や外国人向けの表ホーカーズで若干高い。庶民のホーカーズはHDBと呼ばれる日本流でいう団地内にあるホーカーズが安いらしい。それを知らなければ外国人の僕が足を運ぶのは表ホーカーズとなるが、この作品を読んだ以上は、庶民のホーカーズに行かないはずがない。
アルコール派には厳しいの?
それにしても、酒飲みの身としてはやはりシンガポールは遠のいてしまうのが正直な感想だ。酒を飲まない人はこんな些細なことで……と思い、とっくにシンガポールへ渡航できて羨ましい限りだ。
旅はマレーシアへ
突然のアジアだった。シンガポールもアジアだが、格別の国だった。僕が慣れ親しんだアジアは、路上に排ガスのにおいが漂い、車は渋滞に巻き込まれ、歩道には許可をとっているのかわからない屋台が並ぶ世界だった。
途中省略
そのとき、僕の背筋はシャキッと伸びた。客引きの声が、アジアを歩くというスイッチを入れてくれた。いったいいままで、何回、狼の群れのなかの羊になっただろうか。
下川裕治著 『週末シンガポール・マレーシアでちょっと南国気分』p137〜138
タイに住んでいた過去や、旅に慣れ親しんだ下川さんを、狼の群れのなかの羊とは思わない。それに下川さんの顔から羊は想像できない。だが、表現としては何一つ隙のなさそうなシンガポールから、雑多なアジアに変わる絵が浮かびとても好きな表現だ。その下川さんが向かった先は、マラッカとペナン島だ。この2カ所は僕も訪れたことのある地だから、「あぁここ行ったよな」と、思い返しながら読むことができる。
それでもただのガイドブックではない下川さんの作品となると、シンガポール、マラッカ、ペナンの海峡植民地とそこに移り住んだ華人がつくり出したニャニョ料理の話しから、マレー人と華人の関係、そこに宗教が絡んでいく流れが面白かった。
シンガポール編は下川さんの作品にしては珍しく、ガイドブックにも成り得る内容だったが、マラッカ、ペナン編は全体的に歴史に特化している内容だ。その辺りはとても勉強になる内容で、ただ単に世界遺産の街を歩いているだけでは分からない情報だ。もっとも物価の高いシンガポールでいかに安く仕上げるかみたいな視点と、複雑なリカーコントロールゾーン、ゲイラン、リトルインディアと街の話しはつきない。一方、衰退したペナンの街はシンガポールのような街の面白さはないから、歴史の話しに特化していて良かったと感じた。
よし!コタバルへ行こう!!
コタバルとはマレー半島の北東部、ケランタン州の州都でタイとの国境に近い。そのコタバルの市場の2階の食堂街を歩きながら、下川さんは「マレー人たちの小宇宙」という言葉が浮かんだそうだ。それはコタバルの市場で朝食を食べる人々が、ご飯を手で食べる様子を見てそう思ったと書かれている。
彼らはコタバルのあるケランタン州で、彼らの宇宙をつくりあげていたのだ。
下川裕治著 『週末シンガポール・マレーシアでちょっと南国気分』p173
つまりマレーシアの東側は、日本でいうと日本海側で地方という感じで、マレーシアのなかでも、マレー人の割合が急に高くなる地域らしいのだ。マレーシアといえば多民族国家のイメージがあり、実際そうだが、マレー人エリアというのは興味が湧く。そんなコタバルからドゥグンまで下川さんはバスで南下をする。ドゥグンはコタバルより規模の小さな海沿いの街で通り過ぎる街に感じるが、東海岸の風に吹かれて寂しいビーチで缶ビールを飲んでみたい。そんな気になった。
そしてコタバルで最も行って見たい場所が、タイとの国境に近いランタウ・パンジャンという場所にある北京モスクだ。そのモスクはイスラム教に改宗した華人たちが建てたモスクらしい。コタバル周辺はイスラム教徒が圧倒的に多いマレー人の小宇宙だから、華人として生きていくのに不都合があったのかもしれないと下川さんはいう。そして民族の融合という面では、理想的な宗教施設だという話しを、以前足を運んだトークショーで伺ったことを思い出した。
マレーシアを旅するとき、どうしてもクアラルンプール、マラッカ、イポー、ペナンなどの西側を横断してしまう。では、次はどうするとなった時、マレーシアから足は遠のいてしまう気がしてならない。僕は実際にそうだったから、初めて行った以来マレーシアの土地はまだ踏み入れていない。しかしこの作品を読んでからマレー人の小宇宙、つまり東側に興味が湧いてきた。東海岸は美しい海と手つかずの自然が残るというのをどこかで見た気がする。よし、次のマレーシア旅は東側に決めた。
最後に感想
東京で開催された下川さんのトークショーで本人がこんなことを言っていたのを思い出した。
「ビールが高いとムッとするよね」
今回の作品と場所は違うが、下川さんは香港の飲食店で飲むビールは高いからと、宿泊する重慶大厦の前で缶ビールを買って飲む話しを聞いたことがあった。これには僕も同じことをした記憶がある。そしてビールの料金が高いと確かにムッとしてしまい、何となく楽しくないのだ。
マレーシアでビールは1本約500円。2本飲めば1,000円で、日本となんら変わらない。1食の食事よりも高くなってしまうのがマレーシアだった。シンガポールだって1本500円から600円くらいはするのではないだろうか。旅先はなにもビールで決めているわけではないが、やっぱり気になってしまい肩の荷が下ろせない気がする。
それでもシンガポールは想像していたより、安く仕上げる旅ができそうな気がしてきた。気持ちは「それなら辞めておこうかな」から、「行ってみようかな」に変化した。ゲイランで1泊1,500円前後のドミトリーに泊まり、食事はHDBのホーカーズ。なんらお金の問題はない。酒と煙草さえ我慢をすれば……。
旅程はシンガポールからマレーシアへ。マラッカに立ち寄りジョンカーストリートで1杯飲み、クアラルンプールへ。クアラルンプールではインド人街に泊まろう。そしてモスクでタダ飯を食べて、向かうはコタバルへ。コタバルの市場の食堂で手で飯を食べ、そして北京モスクへ訪れる。いいじゃないか。コタバルからタイへは国境越えができるのだろうか。海岸線を通ってハジャイまで行けたら楽しいだろうな。
今回の下川さんの作品『週末シンガポール・マレーシアでちょっと南国気分』を読み終えたら、たとえビールが高くてもやはり旅に出たくなってしまった。そして作品には書かれていないが、コタバルからタイへの国境越えなど旅の夢は広がってしまい、地図を眺めてはネットで情報を得ているところだ。タイまで行くなら2週間、いや3週間の休暇は必要かな。あぁ、下川さんの本は中毒だな。頭を抱える自分がいた。
週末シンガポール・マレーシアでちょっと南国気分 (朝日文庫)
- 作者: 下川裕治,阿部稔哉
- 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
- 発売日: 2016/01/07
- メディア: 文庫
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