茶餐廳(チャーチャンテン)のマカロニスープと紅茶コーヒーはまずい?
香港の朝食といえば飲茶が有名なのは知っていた。
点心にプーアル茶、これが真の香港通といったところか。しかし尖沙咀周辺の飲茶の店は高い。庶民的というよりは観光客向けの高級店といった印象だ。道端で僕に訪ねてきた観光客がいたくらいだから、その傾向は間違いないだろう。だから飲茶の店には興味がなかった。
では他に興味をもった店はというと、庶民的なB級レストラン、茶餐廳(チャーチャンテン)だった。
僕はそれまで香港の茶餐廳の存在を知らなかった。初めて知ったのは、旅行作家の下川裕治さんの著書『週末香港・マカオ ちょっとエキゾチック』を読んでからだ。そして、その作中にマカロニスープと紅茶コーヒーの二品が登場してくるのだが、どうやらその二品が不味いと批評をしていた。不味いと分かっていながらわざわざ食べに行かなくてもよさそうなものだが、実際に口にしてみないことには分からない。僕は茶餐廳へ足を運んだ。
下川裕治さんのあしあと
僕は香港での食事といったら茶餐廳だと思う。茶餐廳というのは、日本でいったらファミリーレストラン、定食屋、立ち食いそば、洋食屋、コーヒーショップ……と思いつくかぎりのメニューを詰め込んだ店である。
※途中省略
茶餐廳をあえて、ほかの飲食店と区別するとしたら、「安くて便利」ということではないかと思う。この料理があるから茶餐廳といういい方はあてはまらない。ただ値段と気軽さだけに特化した店だと思う。
下川裕治 著 〜週末香港・マカオ ちょっとエキゾチック より〜
作中で下川さんも述べているが、バックパッカースタイルの旅というのはなにも安い店を追求することではないと僕も思っている。特に大人のバックパッカースタイル旅においてはそう思う。庶民が入る食堂で食べて、その国と街のほんの一部を感じとる。それだけでよい。結果アジアは物価が安いから、費用が安く済む。逆にいうと安さを追求していないから時にバリバリの観光客向けフードコートに入って高い料金を支払うこともある。そんな時は心がまだ旅モードになっていないなと感じたりするものだった。
茶餐廳
茶餐廳は庶民的な店だから街中で探すのは容易い。僕は宿泊している重慶大厦からほど近いハートアベニュー沿い、Bar街の一角にある店を選んだ。
◇今回の位置関係
店内の様子
入店した時間は午前11時。香港の朝は遅いのか。それとも昼時が早いのか分からないが、店内はほぼ満席。僕は店員に目の前のテーブルに座るよう指示されたのだが、すでに僕の前にはスーツを着た一人の香港人が食事をしている。つまり相席なわけだが、それが問題だった。そのテーブルはとても奥行きが狭く、まるでカウンターのようなテーブルの為、目の前の人との距離が近すぎるのだ。僕は注文する前から憂鬱な気分になる。
憂鬱な気分はさらに追い打ちをかける。それはメニューの豊富さだった。数えはしなかったが、見た感じで100は超えているに違いない。そこにきてメニューの表記は中国語だから解読に疲れる。幸いだったのはマカロニスープには小さな写真が付いていたことだった。注文の際にはそれを指さし、紅茶コーヒーは予め自前のノートに中国語で書いてきたものを見せ、あとは料理が運ばれてくるのを待つ身だった。
マカロニスープ
注文した品が運ばれてくるのに時間はそうかからなかった。これだけの客数を素早くさばく茶餐廳の料理人のテクニックというか、調理法とは一体どうなっているんだろうと思う。そして今回の期待の一品、マカロニスープ。丼サイズの器にたっぷり入ったマカロニ。スープは白色で、刻んだハムとレタス、さらにコーンが彩り程度に載っている。
まずはレンゲでスープを口に運んでみると思ったより美味い。例えこれが味の素としても不味くはない。不味くはないが薄味というか今ひとつパンチにかける物足りなさがある。次にマカロニを食べてみる。マカロニは煮込み過ぎたのか、柔らかくブヨブヨだがこれも思ったより美味い。いや、決して美味くはないが、不味くもない。なんとも難しい感覚だ。飛び抜けて美味くはないが、不味いと聞いて食べると思ったより美味いじゃないかという感覚だろうか。とにかく不味くて残すということはなく、スープも全部飲み干し、完食してしまった。
まずかった。いや、それ以前の問題だった。味というものに出合えないのだ。頼りない湯の風味だけがする。糖尿病を患った人への病院食はこんな味だろうか……などと想像してみる。
下川裕治 著 〜週末香港・マカオ ちょっとエキゾチック より〜
日本でこの作品を読んだときは、「ふむふむ。そうなのか」と真面目に読んだものだが、帰国して改めて読み返すと、吹き出してしまった。下川さんはこのマカロニスープを糖尿病を患った人への病院食と表現しているではないか。やはりこのマカロニスープは不味いのか。それとも不味いという先入観が、逆に「そこまで不味くないじゃないか」という思いになったのか、よく分からなくなってしまった。
紅茶コーヒー
次に食したのは紅茶コーヒーだ。凍ではなく熱。ホットの紅茶コーヒーだ。見た目はミルクティーにも見えるし、ミルクを入れたコーヒーにも見える。一口、啜ってみる。これまたなんと表現したらいいか悩ませる飲み物に出合ってしまった。頭のなかが「???」なのである。コーヒーと思って飲むとコーヒーで、紅茶と思って飲むと紅茶の味がする。もっとも両方入っているのだから当たり前なのだが、物凄く疲れる飲み物であるには違いない。一体、香港人の味覚というのはどうなっているんだろうか。やはり朝はブラックコーヒーの方が落ち着く。
下川さんに聞いてみた
先日下川さんのトークショーがあり、僕は下川さんに茶餐廳の話しをした。
「紅茶コーヒー飲んだんですけど、物凄く疲れました」
「そうでしょ。あれ物凄く疲れるよね」
話しはマカロニスープへ。
「下川さんのおかげでマカロニスープを美味しく頂けましたよ」
すると思わず吹き出した下川さん。
「あれね、あの後結構反響があって、そこまで不味くないっていうんだよね」
これには逆に僕が吹き出してしまった。やはり下川さんの言葉の影響力なのか。それとも下川さんの味覚の問題なのか。香港人の味覚の問題なのか。結局マカロニスープは美味いのか不味いのか、僕はますます分からなくなってしまった。
*この記事は2015.09.18 旅の2日目の体験です
茶餐廳(チャーチャンテン)
場所:尖沙咀 ハートアベニュー通り
ハム入りのマカロニスープ(火腿通粉湯):34HKD(約520円)
紅茶コーヒー(鴛鴦茶・えんおうちゃ、ユンヨンチャー):16HKD(約250円)